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後編/古きよき日本の暮らしを知る「農泊」の旅。宮崎編

■宮崎県・高千穂町/農家民宿「チャコの山村物語」

橋本憲史さん・千佐子さんご夫妻

地方の農山漁村に滞在し、そこでの暮らしを体験する「農泊」。今回はひとつの提案として、宿泊先に「農泊」を選んだ2泊3日の観光旅行に出かけました。2泊目は宮崎県・高千穂町にある、農家民宿「チャコの山村物語」へ。築130年の家屋をリノベーションされているお宅は、そのまま残された建設当時の梁がその歴史を感じさせます。

前編はこちら

 

オーナーの橋本憲史さん・千佐子さんご夫妻は、黒毛和牛の繁殖を中心とした農業を営む仲良しご夫婦。宿の名前はお2人の結婚式の退場曲として流したサザンオールスターズの「チャコの海岸物語」が由来だそう。

 

宿がある高千穂郷・椎葉山地域は、代々受け継がれてきた農林業複合システムと強固な地域コミュニティが評価され「世界農業遺産」にも認定されています。こちらでは地元の農作物を使った家庭料理作りなど、宿泊客のニーズに合わせてさまざまな体験が用意されています。今日は高千穂古来の「麻尻(あさじり)大豆」を使って、自家製の豆腐作りに挑戦!

 

戦前は麻の産地として名高かった高千穂の地。かつては伝統芸能である「神楽」の衣装も、地元で育てられた麻で作られていました。「麻尻(あさじり)大豆」は麻の後に栽培されていたことから、この名前が付けられたと言われています。

 

ミキサーで細かくした大豆を鍋にかけると、大豆のいい香りが。火の通った大豆を絞り袋で濾してできた豆乳ににがりを足しながら、じっくりかき混ぜ、固まってきたものをざるに移し水分を切っていけば、手作り豆腐の出来上がり! 豆乳を作る際にできたおからを使ってカニカマやマヨネーズを加え、おからサラダに仕立てました。高千穂牛や栗の渋皮煮などと一緒に、かわいらしいワンプレートスタイルでいただきます。

 

食卓には、手作りの調味料も。特にお母さん作のニラ醤油は絶品。「お醤油に漬けるだけよ」と笑いますが、そんな家庭のレシピを教えてもらえるのも、農泊の楽しみなんです。

 

そして御主人の憲史さんは、地元に伝わる「神楽」の舞い手。高千穂には八百万(やおろず)の神々が住んでいたとされ、神々に奉納する舞いを「神楽(かぐら)」と呼びます。国の重要無形民俗文化財にも指定されている「高千穂の夜神楽(よかぐら)」とは、11月中旬〜2月にかけて神楽宿と呼ばれる民家や施設で夜中奉納されるもの(日にちは集落ごとに異なる)。

 

「五穀豊穣を願う地域の人たちが神さまに捧げる祈りとして、長らく伝わってきたものです。春の種まきから始まって、その集大成が夜神楽。いまも20ある集落ごとに興味を持った子供たちが集まり、その伝統が受け継がれているんですよ」(憲史さん)。

そんな話を聞いて、食事後は車で5分程のところにある高千穂神社で行われている「高千穂神楽」へ行くことに。「高千穂神楽」は「夜神楽」の季節以外にも神楽を楽しめるよう、神社内の神楽殿で毎夜開催されています。演目は33番ある神楽のなかから、代表的な「手力雄(たぢからお)

 

の舞」、「鈿女(うずめ)の舞」、「戸取(ととり)の舞」、「御神体(ごしんたい)の舞」の4つ。毎夜、各集落の舞い手さんが交代で奉納しています。

左上:手力雄(たぢからお)の舞 右上:鈿女(うずめ)の舞 左下:戸取(ととり)の舞    右下:御神体(ごしんたい)の舞

 

この4つの舞いは、天照大神が天岩戸に隠れた際、天鈿女命(あめのうずめのみこと)の舞いにつられ、思わず岩戸から顔を出してしまったという日本神話がベース。この日は平日かつ雨の日にもかかわらず、外国人観光客やファミリー客など約100人の観客が集まっていました。地元の人々にとって、神楽は生活の一部なんですね。

 

橋本家に帰ると、お母さんが布団を敷いていてくれました。お風呂に入ってふかふかの布団へダイブ。子供のころに戻ったような、なんとも幸せな時間でした。

 

高千穂神楽

場所/宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井1037 高千穂神社境内神楽殿

時間/20:00〜21:00

料金/700円

電話/一般社団法人 高千穂町観光協会 0982-73-1213

休み:なし

 

■宮崎県・高千穂町/国見ヶ丘〜高千穂峡

 

翌朝は早起き! 雲海を見るべく名所の「国見ヶ丘」へ向かいました。取材時はあいにくの天気で見られませんでしたが、標高513メートルからの景色は感動もの。阿蘇の五岳や高千穂盆地を一望でき、町内随一の眺望と言われるのもうなずけます。

 

雲海は空気が澄む9月中旬から11月下旬が見ごろ。さまざまな条件がぴったりとあってこそですが、この地を訪れた際はぜひチャレンジしてみてくださいね。雲の様子は高千穂町HPからライブカメラで見ることもできますよ!

 

雲海・高千穂峡写真提供:フォレストピア高千穂郷ツーリズム協会

国見ヶ丘の雲海 真名井の滝 五ヶ村の棚田

ここからは絶景スポットの一つである「高千穂峡」までも車で15分ほど。「高千穂峡」は阿蘇火山から噴出した火砕流によって形成された、国の名勝・天然記念物にも指定されている渓谷。コバルトブルーの水面と迫力ある断崖は、貸しボートに乗って間近に楽しむこともできます(天候により実施しない場合もあり)。シンボルの「真名井の滝」の迫力は、ぜひ間近で味わってみてほしいもの。

 

また整備された約1キロの遊歩道は、川から流れる爽やかな空気が気持ちいい。入口から徒歩3分ほどの所には、荒神・鬼八(きはち)が投げたとの伝説がある鬼八の力石も鎮座していますよ(重さはなんと約2トン!)。

 

 

■宮崎県・高千穂町/郷土料理・かっぽ鶏作り体験

高藤さんご一家

 

お昼ごはんは地元に伝わる「かっぽ鶏」を作りに、高千穂町観光ガイド・高藤文明さんのお宅へ。竹をかっぽということから「かっぽ鶏」という名に。かっぽ鶏の始まりは、この地方に伝わる刈干切(かりぼしきり)という農作業の合間に昼食として捕獲した山鳥をかっぽ(竹)の器を使って調理して食べたことから。刈干切とは、牛のエサとなる野草を刈り取る作業のこと。

 

かっぽ鶏」は、そんな農作業を支えてきたスタミナ飯です。昔は車がなかったため、山中で持参したお米などを竹で炊いて食べていたそう。はじめは鶏としいたけを塩と醤油で煮込んだものでしたが、それをアレンジする形でさまざまなレシピが作られました。現在は夜神楽の際のお酒の肴や、ふるまい料理としても親しまれています。

 

高藤家の「かっぽ鶏」の材料は、鶏肉とみじん切りにしたニンニク、ニンニク醤油を使った秘伝のたれ、水で戻した干しシイタケ、ニラ。素材を順番にもみ込み、竹で作った器の中へ入れて炭火でじっくりと煮込みます。

 

ちなみに、高藤さんの祖父である仁市さん(メイン写真中央)は県内の男性最高齢者(105歳)!「かっぽ鶏」の出来あがりを待つ間、初めて温泉が引かれた時のエピソードなど、町の貴重な歴史を教えてくれました。

待つこと約30分、竹の器から手作りした「かっぽ鶏」が完成! 熱々の鶏を噛み締めると、染み込んだニンニクとニラの旨味がじんわり。香りいいシイタケのダシがあとを引きます。最後は残ったお出汁にご飯を入れてシメ。思わず昼間から一杯やりたくなってしまう味わいです。お母さん作の煮しめも、おいしかったな〜。

 

食後には、高藤さんが竹筒で沸かしてくれた釜炒り茶で一服。お茶の苦味のあとに広がる竹の香りが、たまらなく心地いい。元はお酒を入れて焚き火などで燗をつけた「かっぽ酒」というもので、注ぐ際の「こぽぽぽぽ」という音にちなみ、このかわいらしい名前が付けられました。

 

食後は高藤さんによるフォレストピア・フットパスに参加。高藤家がある岩戸五ヶ村をぐるりとまわります。草花遊びや土地の歴史を教えてもらいながら、ゆったりと散策。途中、偶然にも神楽面の県伝統工芸師である工藤正任さんと出会いました。

 

4代続く工藤さんの工房は、職人跡継ぎのお孫さんと共に神楽を舞う際に付ける高千穂神楽面をはじめ、県の伝統的工芸品にも指定されている装飾用のものも製作。楠や桐の木を用いて一つ一つ手作業で作るため、完成までには約1ヶ月を要するそう。

 

職人たちの魂が宿った面を見せていただき、今も息づく先人の知恵をひしひしと感じた時間でした。

 

かっぽ鶏作り体験・フォレストピア・フットパス

電話/0982-82-2199(フォレストピア高千穂郷ツーリズム協会)

料金/1本3500円~人数により要相談(かっぽ鶏作り体験)、1人3,000円2名から(フォレストピア・フットパス)

 

 

■宮崎県・高千穂町/高千穂神社〜天岩戸神社

高千穂神社本殿

 

高藤さんと別れた後は、昨夜神楽を楽しんだ「高千穂神社」へ。高千穂郷八十八社の総社である「高千穂神社」は、縁結びや夫婦円満のご利益があります。境内にある幹がつながった2本の杉「夫婦(めおと)杉」には、夫婦や恋人、友人と手をつなぎ、杉の周りを3回まわると縁結びに家内安全、子孫繁栄の3つが叶うとされているそう。その近くには樹齢800年のご神木(秩父杉)も。

 

高千穂神社 鳥居 夫婦杉 御神木

 

お次は車で約15分、日本神話の舞台である「天岩戸(あまのいわと)神社」に。天岩戸神社には西本宮と東本宮があり、西本宮には天照大神がお隠れになった天岩戸(洞窟)が祀られ、東本宮には、天岩戸から出られた天照大神がはじめに住んだ場所が祀られています。

 

さらに西本宮の境内を抜け10分ほど歩くと、「天安河原(あまのやすがわら)」という場所に到着。

川沿いに設けられた遊歩道を進むと、「どうしたら天照大神が洞窟から出てきてくれるかな?」と八百万の神々が相談したとされる仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)が目に飛び込んできました。間口40メートル、奥行き30メートルにも及ぶ大洞窟は、なんとも神秘的な空気が漂います。

 

以前は中にある社のみが信仰されていましたが、いつしか訪れる人たちが、願いを込めて石を積むようになったそう。社を囲むように無数に積まれた石たちには、誰もが息を飲むはず。古の物語を感じながら、お参りしてくださいね。

 

天岩戸神社鳥居 天照大神 太鼓橋

 

 

 

■宮崎県・高千穂町/手作りのお土産を手に

彫り物(えりもの)体験

 

いよいよ2泊3日の旅も終わり。最後はお土産に、夜神楽の舞台(神庭)に飾られている「彫り物(えりもの)」を作りに行きました。高千穂の夜神楽で奉仕者(ほしゃどん)が舞う神庭は、八百万の神々が暮らす高天原(たかまがはら)を表す神聖な場所。

 

その四方に飾られるのが「彫り物」で、十二支や四季の風景などが和紙にデザインされています。体験では木、火、土、金、水のいずれかの文字を選べる仕組み。

 

こちらはそれぞれご利益があり、私は人気や芸術や技術運によいとされる「火」をチョイス。見本に沿い、カッターで切り抜いていきます。

気がつくと30分も経っていました。伝統ある「彫り物」は、大切な人へのお土産に作る人も多いそう。さて、大切にかばんにしまい、帰路につきます。

 

彫り物体験

住所/高千穂町大字三田井802-3 まちなか案内所

電話/0982-72-3031

料金/1000円(税込)

 

 

■旅の景色と日常をも変える「農泊」

 

2泊3日でさまざまな名所を巡りましたが、宿泊先に地元農家が営む民宿を選んだことで、旅の感じ方ががらりと変わりました。地方に息づく豊かな自然や伝統は、それを守る地元の人々や動物たちがいるからこそ。そのバックボーンをリアルに見聞きしたことで、旅にぐんと厚みが出たのだと思います。

 

途中たびたび「自分たちにとっては当たり前の暮らしだから、お客さんと話していると『えっそんなことがおもしろいの?』と驚くことが多いんです」という声を耳にしました。そんな小話も「農泊」という形でみなさんの暮らしにお邪魔したから聞けたこと。旅の一番のお土産です。

 

「農泊」の宿は、築100年越えの古民家だったり、周りにコンビニも何もない、大自然に囲まれて必ずしも便利な場所とは言えないかもしれません。ですがそんなことは超越した良さが今回体験した「農泊」にはありました。スマホだけでは知りえない地元の情報や歴史、都会や旅行では体験しづらい密なコミュニケーションなどが味わえます。普通に来ていたら見過ごしていたようなこともたくさん体験でき、まさにその土地を味わい尽くす手助けを皆様がしてくださいました。

 

宿の周りに広がる美しい自然や、帰る際の「気をつけてね」の言葉、そんな何気ないことに、心が揺さぶられました

縁遠く感じる地方での暮らしは、日本人である本来の私たちの生活と深くリンクしています。今回地方へうかがって、スマートフォン一台でなんでもできる時代なのに、まだまだ知らないことばかりなのだなと気付かされました。

 

当たり前に食べている肉や野菜がどう育まれているか、名前だけは知っていた伝統芸能の成り立ちなど、何気なく見聞きしたモノゴトが頭の片隅にあるだけで、日常の景色もがらりと変わるはずです。みなさまも地方に旅行に行く際は「農泊」を選択肢にいれてみませんか。

 

旅のまとめ