前編/古きよき日本の暮らしを知る「農泊」の旅。熊本編
近ごろは2020年の東京オリンピックに向け、都市開発と同時に地方への注目度も高まってきています。そんななか、最近よく耳にする「農泊」という言葉をご存知でしょうか? 「農泊」とは文字の通り、地方の農山漁村に滞在し、そこでの暮らしを体験すること。
「農泊」は昔ながらの家屋での宿泊に加え、地元の人々との交流、地のものを使った料理など、魅力がたくさん。受け入れを行っている農家は全国にわたりますが、今回の旅の紹介は復興が進む熊本と宮崎の地へ訪れました。
そしてせっかく足をのばすなら、農山漁村に泊まるだけではなく、その土地のことをもっと知りたい。観光も楽しみながら、古きよき日本の暮らしを体感する2泊3日。私が過ごしたそんな旅の様子を、前後編にわたってご案内します。
■熊本県・菊池市/栗拾い体験
阿蘇くまもと空港に到着し、まず向かったのは熊本県・菊池市。北東部に位置する菊池市は、水源である菊池川や阿蘇の外輪山に囲まれた自然あふれる場所。日本名水百選に選ばれている「菊池渓谷」をはじめ、四季で姿を変える景観も魅力です。
高地にあるため、気温は市内より2〜3度低い。それに加え、稲作に適した花崗岩の土壌によっておいしいお米が育ち、特産の菊池米は江戸時代に“天下第一の米”として、徳川幕府や天皇家へ献上されていました。また熊本県は全国2位の栗の産地としても知られますが、その多くがここで育まれています。
「栗拾い体験」を主催する農村まちづくり会社「コメツブ」は、さまざまな農業体験を通し、地域内外の人々の交流に力を入れています。8〜10月上旬の栗拾いをはじめ、10月以降は菊池市で育った新米が食べられるイベントなども開催予定なので、お楽しみに。
訪ねた栗林には、2〜300本もの栗の木が! 農家さんが1日に収穫する量は40箱(100キロ)にもおよび、選別された栗たちは地方や加工品工場へ。
収穫後は、昔ながらの足を使う方法で表皮を剥く練習。「機械がなかったころは、全てこの方法で剥いていたんですよ。なんだか有り難い気持ちになるでしょ」と栗林の所有者である渡邉さんは微笑みます。
その大きさと艶やかな色に驚いていると、「市場に出ているのは時間が経っているので、この色味は出ないんです。新鮮な栗ならではだよ」と教えてくださいました。
料金/大人2000円(税込)、長靴レンタル100円(税込)
■熊本・菊池市/民泊で調理体験〜名所「菊池渓谷」へ立ち寄り
現在、菊池市で農泊の受け入れを行っている家庭は6軒。2017年に発足したばかりの「菊池ふるさと体験協議会」が中心となり、土地の特色をいかした生活体験を通して地域の活性化をはかっています。
今回は菊池市の郷土料理を習うべく、山あいにある「農家民宿 清水川(そうずがわ)」にお邪魔しました。こちらは大正2年に建てられ築約100年の古民家で、米村達郎さん、敬子さんご夫妻が営んでいる民宿。到着後、敬子さんによる大正琴の演奏を聴きながら話していると「最近は海外から来る方も多くて。色んな国の人とコミュニケーションを取るのが楽しい」と達郎さん。
料理が得意な敬子さんは、パワフルで優しさあふれるお母さん。宿泊者らに教えている郷土料理のなかから(本来は農泊プランの一貫)、今日は「お姫さんだご汁(だご汁)」と「栗だんご」を習うことに。「汁に入れるサツマイモのお団子が、お姫さまでも食べられるくらいやわらかいから『お姫さんだご汁』。もとは『小袖だご汁』と呼んていたけれど、昭和40年ごろからこの名前で呼ばれているそうよ」(敬子さん)。
お姫さんだご汁作り体験
米村家の「お姫さんだご汁」は、いりこダシにつぶしたサツマイモを丸めたお団子と干しシイタケ、大根、ニンジン、ゴボウなどを入れ、自家製味噌と煮込みます。一口食べるともちっと柔らかく、さつまいもの優しい甘さがじわり。田舎らしい、お腹も心もいっぱいになる一品です。
湯がいて作る栗だんごは、白あんを入れたりと各家庭の個性が出るそう。こちらでは小麦粉とだんご粉に少しの砂糖を加えた生地で栗を包み込みます。食卓にはご主人お手製の昆布漬けなども並び、贅沢な昼食となりました。
「お客さんがくるたびに、孫が遊びに来たような気持ちです。ここならではの味覚や自然を知ってほしい。源泉が多いので、宿泊の際は市内の温泉も楽しんでいただけますよ」とご夫妻。
米村さんご夫妻
農家民宿 清水川
住所/熊本県菊池市雪野地区
電話/080-4272-8560
料金/1泊2食・ホストおすすめ体験・菊池温泉入浴付 1万800円(税込み)
メールアドレス:kikuchi.furusato@gmail.com
菊池市で欠かせないスポットといえば、日本森林浴の森百選&日本名水百選にも選ばれた「菊池渓谷」。阿蘇市と菊池市に属す渓谷は、農業の発展には欠かせない存在です。米村さん宅から車で約15分、菊池川上流の標高500〜800メートルに位置し、夏の平均気温は13℃と涼しい風が吹きつけます。
往復約1キロの30分コースを歩く途中、ブルーの水面を織りなす「黎明(れいめい)の滝」を発見! 迫力ある水音と美しい流れに、しばし目が離せませんでした。緑の匂いと爽やかな空気を胸いっぱいに吸って、自然のパワーを蓄えてくださいね。
菊池渓谷 黎明の滝
菊池渓谷受付
住所/熊本県菊池市原
電話/0968-27-0210
時間/8:30〜17:00(4〜11月)
休み/12月1日〜3月31日(入場はできるが無人)
料金/維持協力金1人100円(高校生以上)
■熊本県・熊本市/熊本城〜市街地を巡る
熊本市電
今日の宿泊先がある阿蘇へと向かう前に、熊本市内に立ち寄りました。2016年の熊本地震から約2年半、街の中心部からは工事中の熊本城を望みます。この旅でたくさんのモノゴトに出会ったけれど、この景色を見て、熊本がもっと好きになりました。
お城は工事中のため敷地内に入ることはできませんが、お隣の「加藤神社」から大小の天守を見ることができます。明治4年に創建し、戦国武将の加藤清正公を主祭神とする「加藤神社」は、勝負と学問のご利益が。清正公が文禄・慶長の役の記念として持ち帰った太鼓橋など、さまざまにその足跡が残されています。
熊本城 加藤神社
写真は境内から見えた熊本城。崩れた石垣やクレーン車を携えた姿に胸が締めつけられつつも、眺めるうちに、不思議と守られているような、ほっと落ち着いた気持ちになりました。また境内には、崩れた石垣の中から発見された観音像も置かれているので、こちらにも手を合わせてくださいね。
加藤神社
住所/熊本市中央区本丸2-1
電話/096-352-7316
熊本市現代美術館
続いて訪れたのは、「加藤神社」から歩いて15分ほどの「熊本市現代美術館」。
館内には草間彌生や宮島達男作品などの名作がそろい、国内外の水準の高い企画展でも知られています。九州発のアーティストによる作品も積極的に展示しており、アート好きからも人気が高い場所です。熊本城の天守閣内に飾ってあったお城の模型も見ることができるんですよ!
井手宣通の記念ギャラリーなど4つのギャラリーと、全国でも珍しいキッズスペースやカフェも構えます。また美術書やから漫画までを取りそろえるアート空間ホームギャラリー(美術図書館)もここならでは! 休憩がてら、読書を楽しむのもありかも(貸し出しは不可)。
入館無料で夜20時まで開いているということもあり、地元の人々もちらほら。こうして身近にアートが感じられるのも、この街の隠れた魅力かもしれません。
熊本市現代美術館
住所/熊本市中央区上通町2-3
電話/096-278-7500
時間/10:00〜20:00(展覧会への入場は19時半まで)
料金/入場無料、企画展は有料(企画展により異なる)
休み/火曜日(祝日の場合は翌日休)
■熊本県・南阿蘇/体験民宿「なかむら牧場」
中村 和章さん圭奈さんご夫妻
1泊目の宿泊先は、南阿蘇にある「体験民宿なかむら牧場」。熊本の名産・あか牛農家を営む中村夫妻が出迎えてくれました。こちらでは宿泊のほか、近くの山で放牧されているあか牛の見学や、赤ちゃん牛へのミルクやり体験を実施。「もちろん体験だけでもOKです。気軽に農家やこの地の雰囲気を感じてもらえたら嬉しい」とご主人の和章さん。宿泊客は修学旅行生をはじめ、おばあさんとお孫さんに女性グループなど、幅広い層が訪れるとのこと。
夜は庭で、自家製のお米や野菜とともにあか牛のバーベキューを。赤身が多く、適度な脂があるあか牛。ぎゅっと旨味が広がる赤身のほか、柔らかなサシが入った部位は、とろけるような食感がたまりません。いくら食べてもあきない美味しさで、ついつい箸が進みます。
中村夫妻やその子供たちも一緒にテーブルを囲みながら、話に花が咲きました。「市内に住んだこともあるけれど、やっぱり田舎はいいですね。人との交流やおいしい空気はここならではですよ」と和章さん。
民宿をはじめたのは5年ほど前、修学旅行生を受け入れたのがきっかけでした。市内出身の奥さま、圭奈さんはこの地に来て13年ほど。看護師をしていたので、始めは農家の“の”の字も分からなかったそうです。「民宿の料理は嫁さんが担当。同時に家業もサポートしてくれて、本当に感謝ですね」(和章さん)。
仔牛の餌やり バーベキュー
そして「はじめは『お金をいただいているから』と、どこか他人行儀になっていたところがありました。でも続けるうちに、農家のおっちゃんやおばちゃんと気兼ねなく話す、そんなところも農泊の魅力なのかなと思い、あまり気張らなくなりましたね」(和章さん)。「現実的に考えると、いまは農業だけで食べていくのは厳しい。地域ぐるみで積極的に取り組むことで、地域の活性化に繋がるといいけど」。
さらに和章さんは「美しい阿蘇の草原に、放牧されている牛たちだけでなく私達も恩恵を受けているのです。赤ちゃん牛にミルクをあげて、放牧されている牛たちに会い、夜は私達がその肉を食べる。そういった自然の恩恵も感じてほしい」と続けます。その言葉に、「農泊」の真髄を垣間みた気がしました。
急斜面を登る牛たち
この美しい草原地帯も、熊本地震の被害を受けた場所の一つ。余震が続いていた際は、一家で車の中や畑にテントを張って過ごされたそう。「水源が近くにあるので、飲み水などを汲んだり山に運んで牛に飲ませたりしていました。突然のことで驚きましたが、地方ならではのたくましさを体感したできごとでもありましたね。いまは少しづつ復興が進んできていますが、訪れる人は以前よりもぐっと減った印象です」。
後日、熊本の農泊の現状について農泊推進協議会の細田さんに伺うと「2000年くらいから修学旅行生の受け入れを始め、毎年20校、3000人ほどの生徒が訪れていましたが、熊本地震でほぼゼロに。現在は4〜6校、600人前後にまで回復してきています」。
「幹線道路の国道57号線を除くほとんどが復旧しており、安全な地域の家庭に旅行者や修学旅行生の受け入れをお願いしています。震災後は『水がないとトイレを流すのも、ご飯作るのも大変』など、自身の体験から防災について伝える方も多いと聞きます。みなさんにいらっしゃっていただくことで地元の方々も元気になるから、少しでも旅行に来てくれる方が増えるといいですね」(細田さん)。
体験民宿なかむら牧場
住所/熊本県阿蘇郡南阿蘇村一関858
定員/3部屋
時間/15:00チェックイン、10:00チェックアウト
駐車場/5台
※1日1組限定、受け入れは不定期
■熊本県・阿蘇/阿蘇神社〜阿蘇火口
阿蘇神社 仮参拝所
いよいよ2日目に突入。次なる地・宮崎県高千穂町へ行く前に、近隣の観光スポットも巡ります。体験民宿「なかむら牧場」の近くには、日本を代表する活火山・阿蘇火口や阿蘇神社が。
阿蘇火口は天候により見学できないこともありますが、火口から車で5分ほどの「阿蘇火山博物館」でリアルタイムにその様子が見ることが可能。阿蘇火山の成り立ちや地形、溶岩について、それらに関わる文化なども学べるので、知識を蓄えてから火口見学に行くのもおすすめです。阿蘇火山と人々の暮らしをテーマに作られたオリジナル映画「火山の噴火を探る」(約17分)もぜひ。
阿蘇山火口写真提供:阿蘇火山博物館
次に向かった「阿蘇神社」は、熊本地震により国指定重要文化財の楼門や拝殿が倒壊。拝殿が建っていた場所は整備され、がらんとした空き地の前に賽銭箱が置かれています。その後ろには、無事だった三つの神殿が。
境内のスペースでは拝殿の部材や飾りなどが展示されており、デザインに込められた意味などをボランティアの解説員の方が説明してくれます。お参りがてら、拝殿の形や成り立ちについても学んでみてはいかがでしょう。
阿蘇火山博物館
住所/熊本県阿蘇市赤水1930-1
電話/0967-34-2111
時間/9:00〜17:00(最終入館16:30)
休み/不定
阿蘇神社
住所/熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1
電話/0967-22-0064
市内から農村まで、さまざまに熊本を満喫した1日目。中村さん一家に別れを告げ、次なる地・宮崎県へ向かいます。
旅のまとめ